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東京地方裁判所 平成元年(ワ)8800号 判決 1992年11月18日

原告

森誠之助

右訴訟代理人弁護士

村山幸男

渡邊三樹男

被告

松本泰

主文

一  被告は、原告に対し、金四一三万円及び内金三四〇万円に対する昭和六三年四月一日から、内金七三万円に対する平成二年一一月二九日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告の、その余を被告の各負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一請求

被告は、原告に対し、金九二三万円及び内金八五〇万円に対する昭和六三年四月一日から、内金七三万円に対する平成二年九月二三日から各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、原告が、その所有するサラブレツドの繁殖牝馬を種付けを目的として生産者である被告に預託した際、産まれる子馬は競走馬として原告と被告との共有にする旨合意したのに、被告において右子馬を原告に無断で売却した上、右子馬が中央競馬のレースに出走して獲得した繁殖牝馬所有者賞金(以下「所有者賞金」という。)も着服したとして、売却代金の持分相当額と右賞金につき不法行為に基づく損害賠償を請求している事案である。

一争いのない事実

1  原告は、財団法人日本軽種馬登録協会(以下「登録協会」という。)に登録されている米国産サラブレッドの繁殖牝馬ナスフブキ(昭和四七年四月一四日生、以下「ナスフブキ」という。)の所有者である。一方、被告は、肩書住所地に牧場(以下「松本牧場」という。)を所有して競走馬の生産、飼育に従事している者であり、対外的な行為は息子である松本和一(以下「和一」という。)が被告の包括的な授権の下にその名義で行っていた。

2  原告は、昭和五九年一二月、ナスフブキの血統を松本牧場に残したいとの被告の懇請により、種付けを目的としてナスフブキを松本牧場に預託した(以下「本件預託」という。)が、その際、種付料、飼育管理費その他の諸費用はすべて被告が負担し、種付馬は被告において選択する旨合意した。

3  被告は、昭和六〇年三月、ナスフブキを牡馬ファルコンと種付けし、昭和六一年四月一三日、牝の子馬(当初の馬名はワイドフブキ、以下「本件馬」という。)が産まれた。

4  被告は、昭和六三年一月二一日、株式会社最上ホースクラブ(以下「最上ホースクラブ」という。)に対し、本件馬を代金一七〇〇万円で売却し、同年三月末その引渡をした。

5  本件馬は、モガミオージーという馬名により中央競馬のレースに出走し、昭和六三年一〇月から平成二年九月までの間に、一一回にわたって、別紙一覧表記載のとおりの成績を挙げ、これにより、被告が日本中央競馬会から所有者賞金として合計七三万円(以下「本件賞金」という。)の交付を受けた。

二原告の主張

1  原告と被告とは、本件預託の際、産まれる子馬は競走馬として持分二分の一ずつの共有にする旨合意したところ、被告は、原告に無断で本件馬を売却し、その返還を事実上不可能にして、売却代金の二分の一に当たる八五〇万円相当の損害を被らせたものであるから、原告に対し、不法行為に基づき、右金員及びこれに対する本件馬の引渡後である昭和六三年四月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払義務を負う。

2  被告は、昭和六〇年九月一日、登録協会に対し、ナスフブキの所有者としてその転入の移動報告をした上、日本中央競馬会から本件賞金の交付を受けたが、右賞金は、本来、母馬所有者である原告に交付されるべきものであるから、被告は、原告に対し、右着服行為により合計七三万円の損害を被らせたことに帰し、不法行為に基づき、右金員及びこれに対する最終支払日の翌日である平成二年九月二三日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払義務を負う。

三被告の主張

1  本件預託の際、原告と被告との間においては、産まれる子馬が牝馬の場合には、一頭目は被告の単独所有、二頭目以降は原告と被告との共有にするが、競走馬として引退後は被告の単独所有とし、牡馬の場合には、原告と被告との共有にする旨合意したものである。したがって、一頭目の牝馬である本件馬が被告の単独所有であることは明らかであり、これを売却した被告の行為は何ら不法行為となるものではない。

2  本件賞金は、手続上の過誤により被告に交付されたにすぎず、被告においてこれを着服したものではなく、原告に返還する用意がある。

四争点

1  原告と被告とは、本件預託の際、産まれる子馬は持分二分の一ずつの共有にする旨合意したか否か。

2  被告が本件馬を売却したことについて不法行為責任を負うか否か。

3  被告が本件賞金を着服したとして不法行為責任を負うか否か。

第三争点に対する判断

一争点1(本件預託の際の合意)について

1  まず、本件預託に関する経緯についてみるに、前記争いのない事実と、証拠(<書証番号略>、証人松本和一、原告本人)を総合すれば、次の事実が認められる。

(一) 原告は、銀器の製造販売の会社を経営する傍ら、栃木県那須郡那須町に牧場(以下「森ファーム」という。)を所有し、競走馬の生産、飼育をしているが、昭和四八年、アメリカに赴き、競走馬の繁殖牝馬としてナスフブキを代金約二万ドル(日本円で約五〇〇万円)で購入した。ナスフブキは原告が所有する馬の中でも特に高価な部類に属し、森ファームで、昭和五一年ないし五三年、五五年、五六年、五八年に各一頭合計六頭の子馬(牝、牡各三頭)を産出した。

(二) 被告は、原告とは二〇年来の付き合いがあったところ、ナスフブキが昭和五一年に産出した牡馬が新馬戦に勝ったこともあって、ナスフブキの血統を松本牧場に残したいと考え、昭和五九年一一月ころ、和一を原告と会わせ、種付馬は被告において選択するが、種付料、飼育管理費その他の諸費用はすべて被告が負担するからナスフブキを預けてほしい旨申し出た。これに対し、原告も、ナスフブキが過去二年間不受胎であったところ、環境を変えれば受胎する可能性もあると考え、また費用は被告がすべて負担するということであったので右申出を承諾したが、その際、本件預託に関して原告と被告間で契約書等の文書は何ら作成されなかった。

(三) 被告は、本件預託を約した後、ナスフブキを森ファームから松本牧場に運び、社団法人日本軽種馬協会(以下「軽種馬協会」という。)に対し、被告名で種牡馬との配合を申し込んだが、ナスフブキが二年連続して不受胎であったことから不合格となり、昭和六〇年三月、ナスフブキを青森県右北郡横浜町にある青森牧場に預け、不受胎の可能性も考慮して種付料の比較的安い牡馬ファルコンと種付けし、種付料五〇万円、預託料二六万二五〇〇円(一日当たり三五〇〇円)、輸送料三四万円等を支出した。ナスフブキは右種付けにより受胎し、昭和六一年四月一三日、本件馬を産出したので、和一は原告に対し、小振りの牝馬だが将来は楽しみである旨を連絡した。原告は、その後、和一に対して電話で本件馬の様子を問い合わせたことはあるが、松本牧場に赴いて見分したことはなかった。

(四) 被告は、昭和六三年一月二二日、買い戻しの特約を付けることなく、三歳の本件馬を最上ホースクラブに売却したが、本件馬は、モガミオージーという馬名により、馬主を最上ホースクラブ、生産者を被告とする競走馬として中央競馬のレースに出走し、同年一〇月一五日に一着となったのを初めとして、その後平成三年までの四年間に、別紙一覧表記載の一一回のレースを含む二三回のレースに出走し、通産して一着二回、二着四回、三着五回、四着一二回という成績を挙げ、合計四〇四三万八四〇〇円の賞金を獲得した。その後、本件馬は競馬界から引退して北海道の最上牧場で飼育されている。

(五) 一方、原告は、本件馬が四歳になったら、被告との共有馬として中央競馬に出走させるつもりで、調教師の戸田利男に出走の際の調教師や厩舎の世話等を頼んでいたところ、昭和六三年一〇月一七日ころ、同人から本件馬が中央競馬に出走して一着になったことを知らされ、初めて被告による売却の事実を知り、被告の行為を非難した。これに対し、被告から急きょ代替馬を提供する旨の申出がされ、平成元年一月、原告がその見分のため松本牧場に赴いたが、傷のある馬であったので右申出を断った。

(六) 被告は、本件馬が産まれた後も、三年間にわたり、毎年、ナスフブキの種付けを行った。すなわち、牝馬は毎年三月ころから七月ころまで三週間おきに発情し、受胎していなければその都度種付けするところ、昭和六一年には、ナスフブキを青森牧場に預け、牡馬ルイヴィルサミットと種付けし、種付料五〇万円、預託料三二万四〇〇〇円(一日当たり四〇〇〇円)その他治療費、輸送料等を支出したが受胎しなかった。次いで、昭和六二年、ナスフブキを治療のため千葉県印旛郡富里町の牧場に預託し、預託料七二万三五〇〇円その他治療費、輸送料等を支出し、牡馬ピットカンと種付けし、種付料七〇万円等を支出したが不受胎に終わった。さらに、昭和六三年、再び牡馬ルイヴィルサミットと種付けし、種付料五〇万円その他預託料、輸送料等を支出したが受胎しなかった。これら不受胎の事実は、その都度和一において原告に連絡した。原告は、平成元年一月一〇日、ナスフブキを松本牧場から引き上げたが、同馬はその後も受胎していない。

2  ところで、原告は、本件預託の際、被告との間で、産まれる子馬は競走馬として持分二分の一ずつの共有にする旨合意したと主張し、その本人尋問の結果中において、その旨供述している。これに対し、被告は、産まれる子馬が牝馬の場合には、一頭目は被告の単独所有、二頭目以降は原告と被告との共有、競走馬として引退後は被告の単独所有とし、牡馬の場合には、原告と被告との共有にする合意であった旨主張し、<書証番号略>及び証人松本和一の証言中には、右主張に沿う記載及び供述部分がある。本件預託に関しては、原告と被告との間で契約書等の文書は何ら作成されておらず、産まれる子馬の権利関係について、当事者間でいかなる合意が成立したものか、にわかに決し難いところであるが、初めに、双方の主張それ自体が合理性を有するか否かについて考察する。

まず、原告主張の合意についてみると、前記事実関係によれは、本件預託は、そもそも、ナスフブキの血統を松本牧場に残したいとする被告の懇請に基づき、種付料、飼育管理費その他の諸費用はすべて被告が負担し、種付馬は被告において選択することとして始まったものである。そして、原告は、ナスフブキを預託してから引き取るまで四年余りの間、母馬を提供したにとどまり、本件馬を含む子馬の生産に関して何ら具体的な行為をしていないし、それに要した費用も一切負担していないのに対し、被告とすれば、後記のとおり母馬所有者が負担するのが慣行である種付料まで自ら負担し、かつ、種付けしたところで必ず受胎するとは限らないとの危険(原告本人の供述によれば受胎の確率は六、七〇パーセント)を承知の上で預かったものと考えられる。もとより産出した子馬の権利には母馬の母体として価値も内包されているというべきであるが、それにしても、本件のような事実関係の下において、原告主張のように、産まれる子馬がすべて原告と被告との持分二分の一の共有に属するということは、母馬所有者と生産者との対価的均衡を損なうものといわなければならず、特段の事情がない限り、このような合意が成立することは首肯し難いというべきところ、特段の事情を認めるに足りる証拠はない。

他方、被告主張の合意も、それ自体として合理性を直ちには認め難い。すなわち、牝馬一頭目は被告の単独所有とするという点は、ナスフブキの血統を自己の牧場に残すという被告の本件預託の動機そのものには適うが、およそ種付けによって二頭目以降が必ず産まれるとは限らないのでり、現に、ナスフブキは、本件預託の当時満一二歳で、過去二年間不受胎を続け、本件預託の四年余りの期間にわずか本件馬一頭しか産出せず、その後、原告がナスフブキを引き上げた後も受胎していないのである。もっとも、被告の主張によれば、二頭目以降の牝馬及び牡馬はいずれも原告と被告との共有にする約定であったというのであり、被告において、本件馬が産まれた後も、三年間にわたり、毎年ナスフブキの種付けを行ったことは前記のとおりであるから、仮に、二頭目以降も順調に産出した場合を想定すれば、対価的均衡が図られる事態も考えられなくはない。しかしながら、将来の受胎そのものが不確実で、その的確な予測は困難であるばかりでなく、本件馬の産出以降の不受胎が現実のものとなった前記のような事情を考慮すると、母馬所有者が母体を提供しながら、一頭目の子馬について当初から自己の権利をすべて放棄するということは、その通常の合理的意思に沿うゆえんではなく、特段の事情がない限り、そのような合意が成立することは首肯し難いところといわなければならない。証人本多和彦は、約二五年にわたり競走馬の販売に関与した実績を有する軽種馬販売業者として、また、同山浦義晴は、競走馬を生産する団体を統括する軽種馬協会の業務部長として、いずれも、そうした事例を取り扱ったことはない旨証言しており、さらに、被告が、本件馬の売却を知った原告から右行為を非難されるや、急きょ代替馬を提供する旨申し出た前記のような経緯も、被告主張のような合意が当初から明確に存在していたことを疑わせるに足りる事情というべきである。

3  そこで、さらに、繁殖牝馬の所有者が種付けを目的としてこれを生産者に預託した場合において、産出された子馬の権利の帰属関係が競走馬の生産飼育業界においてどのように取り扱われているかについて検討する。証拠(<書証番号略>、証人本多和彦、同山浦義晴)によれば、右の権利関係は、基本的には、個々具体的な場合における双方の合意いかんによって定まるものであり、相互の信頼関係を重んずる当業界の特殊性を反映して口約束でされることが多いが、明確な合意がない場合には、母馬所有者が種付料を、生産者が飼育管理費その他の諸費用をそれぞれ負担し、産まれた子馬は明け二歳のせり市を基準としてその売却代金を双方各二分の一の割合で分配するのが慣行であること、サラブレッド系の産出子馬一頭当たりの生産費の内訳は、全国平均で、繁殖牝馬償却費が14.8パーセント、種付料が29.5パーセント、飼育管理費その他の諸費用が55.6パーセントであり、右慣行による母馬所有者の負担分は前二者の合計である44.3パーセント、生産者の負担分は55.6パーセントであることが認められる。本件においては、母馬所有者が種付料を負担せず、一切の費用を生産者が負担する約定であったから、これに準拠することはできないが、右慣例のように子馬の売却代金を双方が各二分の一の割合で分配する実質的根拠は、母馬所有者と生産者の生産費における負担割合がほぼ等しいことにあるものと推認されるのであり、そこには、子馬の権利は、母馬所有者と生産者双方の投下資本の割合によって定めるとの基本的な考え方が根底に存在するものというべきである。

4 そうすると、産出子馬の権利の帰属に関して明確な約定がされなかった本件においては、当事者の意思を合理的に解釈して合意内容を確定するほかはないところ、以上検討したところに照らすと、本件預託時において、原告と被告との間では、産まれる子馬の権利を双方の投下資本の割合によって共有するとの黙示的な合意が成立したものと認めるのが相当である。そこで、この共有持分の割合について検討するに、単純に前記のような平均的な生産費の内訳のみによるものとすれば、母馬を提供したにとどまる原告と、一切の費用を負担した被告との負担割合は、おおむね一五対八五になる。しかしながら、前記認定事実によれば、ナスフブキは、原告がアメリカに赴いて購入したサラブレッドの繁殖牝馬で、原告が所有する馬の中でも特に高価な部類に属し、その産出した子馬は競走馬として相当な実績を収めており、被告が種付けの危険を負ってまでその血統を残そうと考え、かつ、本件馬が一七〇〇万円で売却されたのも、ナスフブキの血統によるところが大きいものと認められる。また、証拠(証人山浦義晴、原告本人)によれば、種付料の金額は格差が大きく、安いものは五万円ないし一〇万円、高いものは数百万円に及ぶ場合もあることが認められるところ、被告が種付馬として選択したファルコンの種付料が五〇万円で比較的安かったことは前記のとおりである。さらに、被告が、ナスフブキを約四年間、本件馬を約二年間飼育したことによって負担した飼育管理費その他の諸費用の額は、証拠上明らかではないが、母馬所有者が生産者に対して馬を預託する場合には、生産者の利益を含む預託料を支払うという方法があり、この場合の預託料が飼育管理費その他の諸費用の額に一応見合うものと考えられるから、右預託料が一つの参考資料となり得る。そして、千葉県両総馬匹農業協同組合における昭和六〇年二月現在の軽種馬預託料基準(<書証番号略>)によれば、月額預託料は、分娩後離乳までの繁殖牝馬で一二万円、その余の状態の繁殖牝馬で九万円、離乳後一二月までの子馬で七万五〇〇〇円、満一歳から一歳九月までの子馬で一二万円、満一歳一〇月以降の子馬で一八万円であるから、仮に、被告が原告から預託料の支払を受けることとして右期間を通じて預かったとすれば、被告の得るべき預託料は、昭和五九年一二月から昭和六一年三月までの一六か月間は毎月九万円、同年四月の本件馬の産出時から離乳時までの六か月間は毎月一二万円、本件馬の離乳後六か月は母馬と子馬を合わせて毎月一六万五〇〇〇円、その後九か月は同じく毎月二一万円、昭和六三年一月の本件馬の売却時から一二か月は毎月九万円の合計六一二万円となる。したがって、被告の負担した飼育管理費その他の諸費用の額も右金額と大幅に異なるものではないと推測されるのであり、そうとすれば、被告は、種付料等の負担を考慮に入れても、本件馬の売却により数百万円は下らない純益を挙げたものと推認される。そこで、このような諸点に前記認定の諸事情を総合考慮すると、本件馬に対する原告と被告との共有持分の割合は、一対四とみるのが相当であり、原告と被告は、右の持分割合によって本件馬を共有していたものというべきである。

二争点2(本件馬の売却に関する被告の不法行為責任)について

以上の認定及び判断によれば、被告は、本件馬を売却する際、共有持分の具体的な割合についてまで正確な認識があったか否かはさておき、少なくとも本件馬が原告との共有に属し、その権利の全部が自己に帰属するものでないことを認識し又は認識すべきであったといわざるを得ないのであって、それにもかかわらず、原告の承諾を得ずに本件馬を第三者に売却し、その引渡をして、原告の権利を違法に侵害し、これにより原告に対し本件馬の共有持分に相当する三四〇万円相当の損害を被らせたものというべきである。したがって、被告は、原告に対し、不法行為に基づき、右金員及びこれに対する不法行為の日の後である原告主張の昭和六三年四月一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払義務を負うといわなければならない。

三争点3(本件賞金に関する被告の不法行為責任)について

1  本件馬が、最上ホースクラブに売却された後、モガミオージーという馬名により中央競馬のレースに出走し、被告が、日本中央競馬会から、所有者賞金として本件賞金合計七三万円の交付を受けたことは、前記のとおりであり、さらに、証拠(<書証番号略>、証人松本和一の一部、原告本人)を総合すれば、以下の事実が認められる。

(一) 所有者賞金は、サラブレツド系統の馬が中央競馬に出走して所定の成績を収めた場合に、日本中央競馬会から交付されるものであり、その被交付資格者は、産出時の母馬の所有者であり、登録協会に対する子馬の血統登録申込書に母馬所有者として記載されている者であって、かつ、現に軽種馬の生産に従事している生産者又は日本中央競馬会の馬主登録を受けている者である。母馬所有者が生産者と異なる場合には、右申込書の母馬所有者の欄にその住所・氏名を明記することが義務づけられ、また、母馬の移動報告も必要とされたので、登録協会は、お知らせと題するパンフレットを生産者に交付して、右の点の周知徹底を図っていた。

(二) 被告は、昭和六〇年九月一日、登録協会に対し、ナスフブキが昭和五九年一一月に森ファームから転入した旨の移動報告をしたが、その報告書のナスフブキの所有者欄には被告の住所・氏名が記載されているところ、これは和一の申告に基づいて登録協会福島県支部の嘱託獣医が記載し、和一が被告に代わって押印したものである。

(三) 被告は、昭和六一年秋ころ、本件馬の登録検査を受け、登録協会に対し血統登録を申し込んだところ、前記のとおり母馬所有者が生産者と異なる場合には、血統登録申込書の母馬所有者の欄にその住所・氏名を明記しなければならないのに、右欄を空白のままにしたため、日本中央競馬会は、所有者賞金として本件賞金を被告の銀行口座に振り込む措置をとった。

(四) 被告は、別紙一覧表の番号①のレースの所有者賞金七万円の交付を受けたのを初めとして、同表の番号⑪のレースの所有者賞金五万円の交付を受けるまで一一回にわたり合計七三万円の本件賞金を受領しながら、これを原告に速やかに返還しなかった。原告は、平成二年四月ころ、本件賞金が被告に交付されたことを知り、母馬所有者名義を訂正しようとしたが、血統登録申込書の母馬所有者名義を取り消すと、子馬の登録が虚偽であるとしてその登録が取り消され、本件馬が中央競馬のレースに出走できなくなるためその訂正はされなかった。

2  以上認定の事実に照らすと、被告は、前記のような所有者賞金の被交付者資格を現に認識していたか又は認識し得べきであったというべきであり、したがって、自己がそもそも本件馬の産出時の母馬所有者ではなく、本件賞金の交付を受ける資格を欠き、原告がこれを受領すべきであることは十分了知していながら、本件賞金の交付を受け、これを速やかに原告に返還しなかったものであって、本件賞金を着服したものといわざるを得ない。この点について、<書証番号略>及び証人松本和一の証言中には、被告は、以前は所有者賞金の交付は登録検査後に母馬の所有者確認書を提出することによって行われていたので、登録検査のとき生産者と母馬所者が異なる場合は申告しなければならないことを知らなかった、血統登録申込書は登録協会の職員が作成したのであって、故意に虚偽の申請をしたのではない旨、また、所有者賞金が自己の銀行口座に振り込まれたのを知って原告に返還するべく連絡したが、その銀行口座番号を教えてもらえず返還することができなかった旨の記載及び供述部分がある。しかしながら、被告は、業として競走馬の生産、飼育を行っているものであって、前記認定の登録協会の措置等にかんがみれば、ナスフブキの所有者名を申告すべき義務があることを認識していたか又は認識し得べきであったといわざるを得ないし、また、仮に、原告の銀行口座番号を知り得なかったとしても、現金書留を利用するなど適宜の方法によって所有者賞金を速やかに原告に返還することは十分可能であったはずであり、右弁解は被告の着服を否定する根拠となり得ない。

なお、原告は、本件賞金の最終支払日の翌日である平成二年九月二三日以降の遅延損害金の支払を求めているが、同月二二日は別紙一覧表のうちの最終レース(番号⑪)の行われた日であることが明らかである。そして、証拠(<書証番号略>、原告本人)によれば、所有者賞金は、当該レースの日から二、三か月くらい後に被交付資格者の銀行口座に振り込む方法により交付されるものであり、前記番号⑪のレースの所有者賞金を被告の銀行口座に振り込んだ旨の被告宛の賞金交付通知書の消印は同年一一月二八日であることが認められる。そうすると、被告は、遅くとも右同日までには本件賞金をすべて受領したものと推認することができるから、その翌日である同年一一月二九日をもって遅延損害金の起算日とするのが相当である。

したがって、被告は、原告に対し、不法行為に基づき、七三万円及びこれに対する不法行為の日の後である平成二年一一月二九日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払義務を負うというべきである。

第四結論

以上の次第で、原告の本訴請求は、被告に対し、合計四一三万円及び内金三四〇万円に対する昭和六三年四月一日から、内金七三万円に対する平成二年一一月二九日から各支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるから、これを認容し、その余は棄却すべきである。

(裁判長裁判官篠原勝美 裁判官鈴木順子 裁判官鶴岡稔彦は差し支えにつき署名捺印することができない。裁判長裁判官篠原勝美)

別紙繁殖牝馬所有者賞金一覧表<省略>

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